「もっと自然に生きたい」
「力まずに生きたい」
「水みたいに柔らかくいたい」
以前の自分は、
そういう“理想の在り方”を追いかけていた。
でも実際は、
- 水みたいになろう
- 柔らかくいよう
- 自然体でいよう
と頑張るほど、
逆に不自然になっていた。
最近は、
「水のように生きる」
は、
何かを“演じること”ではなく、
“余計な力みが減った結果”
に近いと感じている。
この記事では、
「なぜ“自然に生きよう”とするほど苦しくなることがあるのか」
を、身体感覚ベースで整理してみる。
「自然体になろう」とするほど、身体は固まることがある
以前は、
「もっと自然に」
をかなり意識していた。
でも実際は、
- 力まないようにしよう
- 落ち着こう
- 柔らかくいよう
と、
頭で操作していた。
つまり、
“自然体”を頑張って作っていた。
すると、
- 呼吸が浅い
- 身体が固い
- 頭が疲れる
- 逆に不自然になる
こうなりやすい。
最近は、
「自然になろうとする力み」
もあると感じている。
水は「頑張って」流れていない
“水のように”
という言葉はよくある。
実際、
水はかなり自然。
- 止まる時は止まる
- 流れる時は流れる
- 形を固定しすぎない
でも、
水は「柔らかくあろう」と頑張っていない。
つまり、
“自然さ”
は、
無理に作るものではない。
最近は、
そう感じている。
本当に自然な時は、「自然体」を意識していない
逆に、
状態が整っている時は、
「自然体でいよう」
なんて考えていないことが多い。
- 呼吸が自然
- 身体が軽い
- 頭が静か
- 必要以上に反応しない
こういう状態。
つまり、
“自然になる”
より、
“余計なものが減っている”
方が近い。
人は疲れているほど、「柔らかく」いられなくなる
これはかなり感じる。
疲れている時ほど、
- 固まる
- 急ぐ
- イライラする
- 頑張りすぎる
こうなりやすい。
つまり、
神経が戦闘状態になっている。
だから最近は、
「もっと自然になろう」
より、
- 休む
- 呼吸を戻す
- 力みを減らす
- 刺激を減らす
こっちを見るようになった。
状態が戻ると、
自然さも戻りやすい。
「水のように生きる」は、弱くなることではない
ここはかなり重要。
“柔らかい”
というと、
- 何も言わない
- 逆らわない
- 受け流すだけ
みたいに見えることもある。
でも実際の水は、
- 流れる
- 避ける
- ぶつかる
- 削る
全部できる。
つまり、
“固まりすぎない強さ”
に近い。
最近は、
無理に強くなるより、
戻れる柔らかさの方が大事だと感じている。
まとめ
「水のように生きる」
という考え方自体はかなり好き。
ただ、
“水のようになろう”
と頑張りすぎると、
逆に不自然になることがある。
最近は、
- 呼吸
- 力み
- 神経疲労
- 身体感覚
- 静けさ
この辺を見る方が、
結果的に自然に戻りやすいと感じている。
もし今、
「自然体でいようとして疲れている」
と感じているなら、
理想を追いかけるより、
“余計な力みを減らす”
方が変わるかもしれない。


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