まあいいやが口ぐせの人が、地味に損していること

「まあいいや」が口ぐせになっている人は多い。
強がりでもなく、投げやりでもない。
空気を壊さないためだったり、場を前に進めるための判断として使っている人もいる。

だから、この言葉自体が悪いわけじゃない。

問題は性格じゃない。
立ち位置を確定させないまま、判断を流していることだ。


「まあいいや」と言う人は、
何も考えていないわけじゃない。

むしろ、いろいろ考えている。
違和感にも気づいているし、
自分なりの基準も、うっすら持っている。

それでも、その場では決め切らずに流す。

仕事の頼まれごと。
買い物の選択。
人との距離感。

一つ一つは些細で、
大きな失敗になるわけでもない。

ただ、
自分がどこに立っているのかを言葉にしないまま
判断を重ねていくと、
行動しているのに、手応えだけが残らなくなる。


なぜか。

「まあいいや」は、
判断を放棄しているのではなく、
判断の確定を先送りにしている状態だからだ。

頭の中では考えている。
でも、それを「決めたこと」として扱っていない。

決めきれていない判断は、
終わったようで、終わっていない。

だから、
あとから違和感が残る。


じゃあ、どうすればいいか。

全部を真剣に考える必要はない。
正解を出そうともしなくていい。

「まあいいや」と言いそうになったら、
一呼吸だけ入れる。

そして、自分に問いかける。

それは選択なのか。
それとも回避なのか。

決断を変える必要はない。
行動を修正しなくてもいい。

ただ、
どちらで選んだのかを自覚する。

それだけで、
判断は自分のものになる。


人生を変えるのは、大きな決断じゃない。
流さなかった小さな判断の積み重ねだ。

考えている人が、
自分の立ち位置をはっきりさせたとき、
行動と感覚は一致し始める。


もし、
「立ち位置をはっきりさせる」とはどういう状態なのか、
もう少しだけ言葉で整理したくなったら、

自然体で動ける人が、無意識にやっている3つのこと

に書いている。

答えを急がず、
今の自分の状態を確認するための記事だ。

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